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北浜M&A通信
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「事業承継経験を生かしたコンサルタント」
~父の事業を承継した元銀行マンが辿り着いたゴールとは(第26回)

 前回に引き続き、同志社大学大学院で私が担当する「実践M&A(企業合併・買収)」講座でお招きし、受講者の共感を得たゲスト講師のお話をいたします。今回は、ファミリービジネスとして行っていた企業グループを父親から引き継ぎ、最終的に廃業を行った経験を生かし、現在は事業再生コンサルタントとして活躍されているFさんのストーリーです。

 Fさんは、大学卒業後、金融機関に勤めていましたが、父親である社長が体調不良に陥ったことをきっかけに、約10年で退職、1993年に事業承継の道を選びます。Fさんの企業グループは、建設資材のメーカーX社と商社Y社の2社から成り立っていました。当時の経営環境として、バブル崩壊、阪神淡路大震災、消費税増税、金融危機による貸し渋り、と難局が相次いだことに加え、固有の事情として、輸入元の国から材料を輸入して加工していたメーカーX社の立場は、現地での内製化の加速により脅かされることとなります。

 受講者からの質問もありましたが、震災や増税は、復興特需や駆け込み需要を生みますが、それは反動を伴います。結果として、特需は、現地内製品輸入の氾濫(はんらん)を加速させ、製品価格上昇につながらず、特需が去った後は大幅な売り上げ減に見舞われる結果となったようです。
 
 そのタイミング、97年に、金融機関M&Aチームから商社Y社の売却提案を受け、Fさんは父親のサポートをしながら、上場企業Z社への売却を実現させます。

 しかしながら、その1年後、X社は「会社整理」(当時の商法下での制度)を申し立てることとなります。従業員にきっちり退職金を支給することと、取引先への債務はきちんと支払うことをFさんに厳命した1カ月後、父親は帰らぬ人となり、その意を受けFさんは、2年かけて会社を畳む事となりました。
受講者からは、メーカーX社もM&Aで売却できなかったのか、という質問がありました。これに対して、Fさんはこう答えています。

 M&Aの難しさは、売買したい時に(ベストとは言わないまでも)ベターな相手が見つかるか?見つかったとしても相手が応じてくれるか?ということにあるかと思います。Y社の方は、決断できる相手があった訳ですが、X社の方は、お声が掛かったのは輸入元の国の資本の会社でした。そういう意味では全くチャンスが無かった訳ではないですが、父親は業界団体の重職に就き、褒章を頂いていたこともあり、ライバル国の会社に、その象徴たる事業を売るわけにはいかなかったという事情がありました。それでは、「国内での買い手を探すためにアクションは起こさなかったのか?」ということになりますが、当時はまだ、M&Aの仲介会社が今のように身近にアクセスできる状況になく、Y社売却の時の相手方アドバイザーが唯一の接点でしたが、当該金融機関は金融危機の際に、事業を停止していた為、依頼することができなかったという事情もありました。

 昨年公表された日本企業が関与するM&Aの件数は、昨年比15%増の3050件(レコフ調べ)で、調査を始めた85年以来最高の数字となりました。公表されていないM&Aの件数を加えると、その総件数はその倍とも3倍とも推定されます。
 
Fさんは、隔世の感を感じつつ、その時の経験を踏まえ、中小企業へのアドバイス提案を行っておられます。私も彼のような方と手を携えてさらに多くのM&A案件に関与していきたいと考えています

>>次回


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